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こちらは、国内の医療従事者の方を対象に製品等の情報を提供することを目的としたサイトです。一般の方に対する情報提供を目的としたものではありませんので、ご了承ください。
あなたは医療従事者ですか?
こちらでは鼠径部ヘルニア術後に痛みがとれずに困っている患者さま、そしてご家族や周りの方々に向けた情報を掲載しています。ご紹介している症状や診断、治療法などはあくまで一例であり、患者さん個人によってさまざまです。気になる場合はまず主治医に相談しましょう。
近年、鼠径部ヘルニア手術の術後合併症の一つとして、「鼠径部ヘルニア術後慢性疼痛 (そけいぶへるにあじゅつごまんせいとうつう:CPIP)」が知られるようになってきました。
一般的に、鼠径部ヘルニア術後の痛みは手術後1~2週間をピークに徐々に改善していきます。中には1~2週間を過ぎても痛みが続く場合もありますが、ほとんどが鎮痛薬の内服でコントロールでき、最終的には時間の経過とともに痛みは消失していきます。ところが、鼠径部ヘルニア手術の術後3ヶ月たっても痛みが治まらない場合があり、痛みにより日常生活に支障を来すことがあります。このような状態を「鼠径部ヘルニア術後慢性疼痛(CPIP)」と診断します。鼠径部ヘルニア手術前には見られなかった太ももや睾丸(こうがん)の痛み、また性交時の痛みもCPIPの一つとして考えられています。
なお、鼠径部ヘルニア手術には大きく分けて2つの方法があり、鼠径部の皮膚を切開して修復する前方切開法(ぜんぽうせっかいほう)と、ポートと呼ばれる筒を用いてカメラや手術器具を体内に入れて行う腹腔鏡下手術(ふくくうきょうかしゅじゅつ)、があります。
鼠径部ヘルニア術後3ヶ月以上経過しても軽快しない、もしくはそれ以降に新たに出現した日常生活に支障を来す痛み
CPIPは2000年頃から欧米を中心に報告されてきた疾患であり、以降たくさんの研究報告がなされています。痛みの程度によりその頻度は様々ですが、2018年にスウェーデンから発表された報告では、鼠径部ヘルニア手術を受けた2万2,917人の患者さんを対象にアンケート調査を行った結果、前方切開法術後の15%、腹腔鏡下手術後の18%の患者さんで、術後1年たっても日常生活に支障を来す痛みがありました *1。また、同じく2018年に報告されたドイツ・オーストリア・スイスの577施設による研究では、腹腔鏡下鼠径部ヘルニア手術を施行した2万4人の患者さんのうち、9.5%にあたる約1,900人に手術1年後も運動時に疼痛がありました。また、治療が必要となった患者さんは約520人と、全体の2.6%を占めていました *2。一度CPIPに陥ると、患者さんは痛みのため消耗し、日常生活が立ちゆかなくなります。このような背景から、海外でCPIPは鼠径部ヘルニア手術の最も忌むべき術後合併症として、医療者はもちろんのこと、手術を受ける患者さんにも広く認識されている疾患です。
一方、日本では海外と比べて研究報告自体が少なく、正確な発症頻度は不明です。2022年現在、本邦におけるCPIPの発症頻度を調査すべく全国22施設が協力して前向き観察研究を行っています。
https://rctportal.niph.go.jp/detail/um?trial_id=UMIN000033936
しかしながら、本邦では医療者にとってもまだまだなじみの薄い疾患です。
CPIPでは多彩な症状が起きることが知られています。以下に京都医療センターにおいて治療を行ったCPIPの患者さんが実際に訴えられた症状を記載します。
特定の動作のときに強くなる痛みです
日常生活時には気付きませんが、夜間就寝時に灼熱感や、鋭い痛みを自覚することもあります
* はっきりとした痛みではなく、違和感を訴える場合もあります
* 痛みは持続的な場合や、突然強くなる場合もあります
椅子に座ったときや、お風呂でシャワーが当たったときに起こることがあります
勃起痛、射精時痛などを起こすことがあります
排便の前後に痛みを感じることがあります
夜間の頻尿を訴える場合もあります
「痛み」は第三者がみて分かるものではなく、血液検査やレントゲンで評価できるものでもないため、症状に関して周りから理解されず、悩まれる方もたくさんおられます。そのため、鼠径部ヘルニア術後3ヶ月を過ぎて上記症状がみられる場合は、我慢をせず、一人で抱え込まないで手術を受けた病院で主治医に相談してください。
また、上記7つ以外の症状が出てくる場合もあります。気になる場合は主治医に相談しましょう。
もちろん、鼠径部ヘルニア手術とは関係なく、脊椎 (せきつい) (背骨) の病気や皮膚の病気、泌尿器科的な病気で上記のような症状が現れる場合もあります(実際、鼠径部ヘルニア術後に足の痛みで受診され、精密検査の結果「腰椎の脊柱管狭窄症」が見つかった患者さんもおられます)。
診断確定のためにはいずれにせよ医師の診察と検査が必要です。
海外を中心にCPIPという疾患は次第に理解されてきましたが、確立された治療方法はありません。国内外の鼠径部ヘルニア診療ガイドラインでも、その具体的な治療法は記載されていません。そのため、CPIPの治療は困難を極めます。
以下に京都医療センター外科におけるCPIPの治療法とその考え方について説明します。*3
CPIPの診断は「術後3ヶ月たっても続く、もしくはそれ以降に出現する新たな痛み」ということで可能ですが、有効な治療を行うためには、何が原因で痛みがおこっているかということを正確に知ることが最も重要です。“そもそも違う病気(脊椎の病気・泌尿器の病気・皮膚の病気)ではないのか?” “鼠径部ヘルニアの再発はないのか?” “鼠径部ヘルニア手術時に挿入したメッシュに感染がないのか?” これらを徹底的にチェックする必要があります。
これらの診断には血液検査・超音波検査・CT・MRIなどが用いられることがあります。また、泌尿器科や皮膚科、整形外科や神経内科の受診が必要になることもあります。これらの検査の結果で他疾患が除外できた場合にCPIPと診断し、治療が始まります。
CPIPの治療は非ステロイド系消炎鎮痛剤(NSAIDs)の内服から始まります。後述する軽度の体性痛(たいせいつう)であればNSAIDsの内服で症状が軽減する場合もあります。医師に指定された用法・用量を守ってきっちりと内服することが大事です。NSAIDs内服でも鎮痛効果が見られない場合は、難治性(なんちせい)CPIPと判断し、以降から特殊な治療が必要となります。
一般的に痛みは大きく分けて、神経障害性疼痛 (しんけいしょうがいせいとうつう) と侵害受容体性疼痛 (しんがいじゅようたいせいとうつう) の2つの種類に分類されます。
神経障害性疼痛は読んで字のごとく、様々な原因で神経が損傷を受けたときに起こる痛みです。「刺すような」「焼けるような」「電気が走るような」 痛みで、特に誘因なく突然痛みが起こることもあります。一般的な鎮痛薬の効果は期待できません。
一方で侵害受容体性疼痛は痛みを感じるレセプターである侵害受容体を介した痛みですが、さらに「内臓痛」と「体性痛」の2つに分類されます。CPIPで関係のある痛みは「体性痛」ですので、以降は体性痛に関して説明します。
体性痛は圧迫・炎症などの物理的な組織のダメージにより引き起こされる痛みであり、「重たい」「ずきずき」と表現される痛みで、持続的に続きます。一般的な鎮痛薬の効果がある程度期待できます。
以上のことからわかるように、痛みの種類によって症状も有効な治療も異なるため、CPIPの治療のためには疼痛の種類を見極めることが重要になります。京都医療センター外科では独自に作成した難治性CPIP治療アルゴリズムを用いて、CPIP患者さんの診療を行っています。このアルゴリズムを使用することにより疼痛の種類を見極めながら治療方針を決定することができます。
アルゴリズムによる治療では、「疼痛部位への局所麻酔薬注射」もしくは「神経ブロック注射」が両輪となります。
これらの治療により痛みが消失し、CPIPが治癒した患者さんも多数おられます。残念ながらこれら治療によっても痛みが治まらない場合は、手術による治療が必要になる場合があります。
手術は一定のリスクを伴うものであり、また、100%痛みが消えるという保証もありません。時には重篤な合併症を起こす場合もあります。また、手術を行うことによりデメリット(ヘルニアが再発するなど)が生じることもあります。そのため、安易に手術を実施することはありません。“何が原因でこのような痛みが起こっているのか” “どうすればこの痛みが取れるのか” を十分に検討し、結論を出すことにより手術の可否が決定します。そのうえで手術の方法と期待される効果および起こりうるデメリットについて説明します。手術を受ける患者さんとご家族がそれらの説明に対して納得できた場合にのみ、手術による治療が行われます。
*1 Lundström, K.-J., et al. Patient-reported rates of chronic pain and recurrence after groin hernia repair. British Journal of Surgery, 2018, 105:106-112.
*2 Niebuhr, H., et al. What are the influencing factors for chronic pain following TAPP inguinal hernia repair: an analysis of 20,004 patients from the Herniamed Registry. Surgical Endoscopy, 2018, 32:1971-1983.
*3 成田 匡大, ほか. アルゴリズムを用いた成人鼠径ヘルニア術後難治性慢性疼痛に対する治療介入とその成績. 日本消化器外科学会雑誌, 2017, 50(7):513-520.
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